刑法改正と民事訴訟の動向から見るセクハラリスク

画像は「法務省:性犯罪関係の法改正等 Q&A」より。⑧下線は引用者。

はじめに

昨年7月の刑法改正により、職場におけるセクハラ問題に新たな法的視点が加わりました。
特に、上司と部下の関係性に焦点を当てた改正は、企業の人事管理と法的リスクに大きな影響を与えています。

本稿では、この改正の詳細と、過去の民事訴訟の動向を踏まえ、経営者・人事労務担当者が認識すべき法的リスクについて解説します。

刑法改正の概要

刑法改正により、不同意性交等罪と不同意わいせつ罪に新たな要件が加えられました。
特に注目すべきは、「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」、つまり「ほんとうは嫌だが、嫌だと考えることができない、嫌だと言うことができない、嫌だと言ってもそれを貫けない状態」という概念の導入です。

「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力」の意味

改正法では、「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること」が、同意しない意思を表明することが困難な状態の一つとして明確に規定されました。

  • 「経済的関係」:金銭その他の財産に関する広範な関係
  • 「社会的関係」:家庭、会社、学校などの社会生活における広範な関係
  • 「不利益を憂慮」:自分や親族等に不利益が及ぶことを不安に思うこと

職場におけるセクハラへの適用

この改正は、職場におけるセクハラ、特に上司と部下の間の性的行為に大きな影響を与えます。
部下が自身の立場悪化を恐れて拒否できない状況も、新たに犯罪となる可能性があります。

過去の民事訴訟の動向

刑法改正以前から、民事訴訟においては、上司と部下の関係性に着目した判決が出されてきました。
特に、部下が上司に逆らえない立場にあるため、同意していないにもかかわらず性関係を結んでいた場合、不法行為として損害賠償が命じられるケースが見られます。

これらの判決では、以下のような点が考慮されています。

a) 権力関係の非対称性
上司が部下に対して持つ影響力や権限の大きさを認識し、それを利用して性的関係を強要したと判断される場合、不法行為が認定されやすくなります。

b) 同意の真意性
表面上は同意があったように見える場合でも、その同意が真に自由意思によるものか、それとも立場上の不安から仕方なく応じたものかが精査されます。

c) 職場環境への影響
性的関係が職場環境に与える悪影響、特に被害者の労働環境の悪化や精神的苦痛なども、損害賠償額の算定に影響します。

刑法改正と民事訴訟の関連性

刑法改正により、これまで民事訴訟で議論されてきた「同意しない意思を表明する困難さ」が刑法上も明確に規定されました。
これにより、今後の民事訴訟においても、より厳格な基準で同意の有無が判断される可能性があります。

具体的には、以下のような影響が予想されます。

a) 立証責任の変化
被害者側の立証負担が軽減され、加害者側により高度な説明責任が求められる可能性があります。

b) 損害賠償額の高額化
刑事罰の対象となり得る行為として認識されることで、民事訴訟における損害賠償額が高額化する可能性があります。

c) 企業の責任範囲の拡大
従業員の行為に対する企業の監督責任がより厳しく問われる可能性があります。

企業が直面する法的リスク

a) 刑事訴追のリスク
改正刑法に基づき、セクハラ行為が刑事訴追の対象となる可能性が高まりました。
特に、権力関係を利用したセクハラ行為は、厳しい判断基準が適用される可能性があります。

b) 民事訴訟のリスク
過去の判例と改正刑法の趣旨を踏まえ、セクハラに関する民事訴訟でより高額な損害賠償が命じられる可能性があります。
また、企業の使用者責任も厳しく問われる可能性があります。

c) レピュテーションリスク
セクハラ事案が公になることで、企業イメージの悪化、人材採用への悪影響、取引先との関係悪化など、様々な面で企業価値が毀損するリスクがあります。

結論

刑法改正と過去の民事訴訟の動向を踏まえると、セクハラ問題は企業にとってより深刻な法的リスクとなっています。
特に、権力関係に基づく「同意しない意思の表明の困難さ」という観点は、従来のセクハラ対策の大幅な見直しを迫っています。

経営者・人事労務担当者は、これらの法的リスクを十分に認識し、適切な対策を講じることが求められます。

今後は、セクハラ防止のための組織文化の醸成、明確な社内規定の整備、徹底した教育・研修、そして問題が発生した際の迅速かつ適切な対応が、これまで以上に重要となります。
また、法的リスクを最小化するために、弁護士や社会保険労務士などの専門家との連携も不可欠です。

セクハラ問題への対応は、企業の社会的責任を果たすとともに、持続可能な経営を実現するための重要な要素となっています。
刑法改正と民事訴訟の動向を踏まえ、自社の対策を見直し、より強固な法的リスク管理体制を構築することが、今、経営者・人事労務担当者に強く求められています。

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