エンジョイハラスメント ~ 「仕事は楽しむもの」はハラスメント?

「エンジョイハラスメント」という言葉をご存じでしょうか?

私は、ごく最近、初めて耳にし、「なんにでもハラスメントという言葉をつけたがるものですね。」などと苦笑したのですが、話を聞いていくと、このエンジョイハラスメント(エンハラ)は、状況により、職場でのパワーハラスメント(パワハラ)にも該当し得る、ということに思い当たりました。

エンジョイハラスメントとは

エンジョイハラスメントとは、「仕事は楽しむものだ」という考えを相手に押しつけたり、自分が楽しいと思うものを他人にも強要する行為のことだといいます。

例えば、職場で「仕事しんどいな」とか「つまらないな」と部下がつぶやいているのを聞いた上司が、「何を言っているんだ、仕事は楽しんでやるものだろ」と言ってくる、という場合の上司の行為です。

あるいは、友人と遊びに行って、あまり楽しいと思えないのに、「楽しいよね」「楽しもうよ」と、友人から楽しむことを強要される、ということも、エンジョイハラスメントだといいます。

調べてみると、このエンジョイハラスメントは、2017年11月放送のドキュメントバラエティ「7RULES(セブンルール)」(関西テレビ放送)で、お笑いコンビ、オードリーの若林さんが発した言葉だったようです。 番組で密着取材の対象となった方が、部下に仕事を楽しんでほしいという思いで、「朝起きた時に『会社に行きたくないな』って絶対思わないでほしい」から、「華のある部分はチームに残しておくように気を付けてます。皆、すごく楽しいと思ってくれてると信じています。」と語ったのに対し、若林さんは、「仕事が楽しいってそんなに重要なの?」と疑問を口にし、「『朝起きて、仕事が楽しい』(と思うことを重要視する価値観の押しつけ)はエンジョイハラスメントって呼んでる。」と発言したというのです。

「楽しい」は人それぞれ

確かに、仕事が楽しいなら、それはそれでいいことでしょうし、上司が部下のために楽しいと思えるように考えてあげることはいいことだと思います。ただ、何を楽しいと感じるかは、人それぞれであり、他人から強要されるものでもないでしょう。上司が考える「楽しい」が、すべての部下たちの「楽しい」と一致するとも限らないはずです。

「皆、すごく楽しいと思ってくれてる」と上司が信じるのは自由ですが、本当に部下たちがそう思っているかどうかはわかりません。上司がその思いを心の中だけで留めているならばいいですが、部下に対して「楽しいでしょ?すごく楽しいよね?」と言い出したら、それこそハラスメントになるかもしれません。

また、たとえ「楽しめ!」と強要されても、それで本当に楽しくなるわけでもないでしょう。それなのに、「楽しむものだ」「楽しまなければならない」と繰り返し言われたとしたら、大きなストレスになりそうです。

エンジョイハラスメントがパワーハラスメントになるとき

エンジョイハラスメントといっても、対等な立場の友人どうしならば、「楽しいよね」と言われたときに、「私は、それほど楽しくもないけど」とか「あまり興味が持てないんだよね」などと率直に言えるかもしれません。しかし、上司と部下の立場なら、なかなか反論もできないでしょう。そこが、パワハラ3要素の一つである「優越的関係を背景とした言動」に当たると考えられます。たとえ「部下のために」という思いからの行為であっても、相手が不快や苦痛を感じたのであれば、ハラスメントになり得ます。よかれと思っての行為も、相手を苦しめることはあるものです。

「仕事は楽しむものだ」と思うことは自由です。しかし、部下も同じ価値観であるとは限りません。何かにつけてそれを部下に言って聞かせていると、部下のほうは「エンジョイハラスメントを受けている」と感じる可能性はあるでしょう。

「仕事は楽しんだ方がいい」という価値観をバッサリ切り捨てるようなテレビ番組での若林さんの発言には、ネットで共感の声が相次いだといいます。エンジョイハラスメントに苦しめられている人は世の中に大勢いる、ということがうかがえます。

エンジョイハラスメントをしないために

「仕事を楽しむ」ことができれば、それはいいことかもしれませんが、強要するべきことではありません。

何かにつけて「仕事は楽しむものだ」と部下に言うことや、「楽しいだろう?」と強要するような行為は、ハラスメントになり得ます。

もし、「部下には、楽しんで仕事をしてほしい。」と思うならば、仕事が楽しめるように、労働条件や評価制度を整えたり、達成感ややりがいを感じられるような仕事の仕組みを作るなど、できることはあるはずです。そのような努力もせず、過酷な職場環境に置いたままで「仕事を楽しめ」と強要することは、エンジョイハラスメントであり、やりがい搾取にも通じます。

一方、どんなに努力しても部下が楽しそうにしてくれない、と落胆することがあるかもしれません。しかし、それも仕方ありません。なぜなら、何を楽しいと思うのか、何を重要だと考えるのかは、個人の自由だからです。

仕事の内容や責任の程度によっては、楽しいという感情が湧く余地のない場合もあるでしょうし、「仕事は生活の糧を得るための手段だ」と割り切って働いている者もいるでしょう。「仕事が楽しい」かどうかを重要視していない人も多いし、それは悪いことでもなんでもないはずです。

エンジョイハラスメントをしないためには、「仕事は楽しむべき」という価値観を押しつけないこと、これに尽きます。

人は、一人一人、価値観が違います。考え方や感じ方、立場や置かれた状況なども違い、同じ言葉に対しても、受け止め方は違うものです。その違いを尊重することが大切であり、ハラスメント予防のポイントにもなることです。

「仕事は楽しむべき」という価値観であれ、他のどのような価値観であれ、相手に一方的に押しつけることは慎むべきでしょう。

このコラムは、2024年11月20日配信のメルマガに掲載されたものです。

著者:SRCパートナーコンサルタント 押野りか

詳しいプロフィール

社会保険労務士(岡山県社会保険労務士会 会員) 
ハラスメント防止コンサルタント、ハラスメント防止研修客員講師(公益財団法人 21世紀職業財団 認定)
アンガーマネジメント ファシリテーター (日本アンガーマネジメント協会認定)
アンガーマネジメント ハラスメント防止アドバイザー(同上)
アンガーマネジメント トレーナー(同上)

略歴

岡山県生まれ。
広島大学附属福山高等学校卒業。
岡山大学文学部卒業。
2010年 社会保険労務士登録、押野労務サポートオフィス開業。
2012年~2014年 倉敷労働基準監督署 非常勤職員として勤務。
2014年~2015年 はじめての社労士入門講座(はぁもにぃ倉敷)を担当。
2014年~2019年 岡山県社会保険労務士会 労働条件審査 監査員として活動。
2015年~2017年 ユーキャン社会保険労務士講座 非常勤講師として教室講義を担当。
2015年~現在 岡山県社会保険労務士会 学校向け出前講座講師として活動。
2018年~2019年 岡山県委託事業にて女性活躍・WLB(ワーク・ライフ・バランス)アドバイザーとして活動。
2019年~2020年 公共職業訓練 総務・経理事務課を担当。
2019年~現在 岡山働き方改革推進支援センター登録専門家として活動。
2020年~現在 全国社会保険労務士会連合会 企業主導型保育施設への労務監査 監査員として活動。
2022年 公益財団法人21世紀職業財団 ハラスメント防止コンサルタント認定、ハラスメント防止客員講師に就任。
2022年 新見公立大学 非常勤講師に就任。

主な業務内容

・就業規則作成・変更
・労務相談
・セミナー講師


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