心理的安全性とハラスメントの関係とは
「心理的安全性」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
人事関係では、最近流行と言ってよい言葉です。
「心理的安全性が高い職場」という使い方をよくしますが、その意味は、「発言したら自分に不利になるのではないかという心配をせずに、自由に発言できる状態の職場」ということです。
この定義を見ただけで、ハラスメントとの関連性は明らかですね。
パワハラでは、パワハラ行為をする人が、被害を受ける人に対して「優位的な関係にある」というのが定義のひとつです。
「優位的な関係」というのは、「反抗したり拒絶できないような関係」ということです。
上司や先輩の言動が不愉快だったりつらかったりするときに、「やめてください」と言えるかどうか。
「『やめて』と言ったら、相手は逆ギレして、もっと自分につらくあたるのではないか」
「この人になにを言っても、まともにとりあってくれないだろうから、ムダだ」
こんな気持ちを感じることもなく、「やめてください」と気軽に言えて、言われた方もそこで気づいて、「あ、ごめん」とすぐ謝れるようであれば、パワハラというところまではいかないですね。
「心理的安全性が高い職場」というのは、「パワハラが起こりにくい職場」である、とも言えます。
では、セクハラはどうでしょうか。
セクハラの場合は、パワハラのように「相手が優位な立場にある」という定義はありません。
しかし、セクハラの場合も、「この程度でセクハラだと言ったら、相手が気を悪くするのではないか」「自意識過剰と思われるのではないか」等と迷ってしまい、被害を受けてもなかなかそれを相談することができません。
これも「心理的安全性が低い」から起こることですね。
管理職や、職場のリーダー的な立場にいる人は、ふつう「こんなことを言ったら、自分の立場が悪くなるのではないだろうか」という恐れはあまり感じませんから、「心理的安全性」というのは、職場の中で立場が弱い人、つまり、ハラスメントの被害を受けやすい人のための概念だということもできます。
こう書くと、部下にとっては「心理的安全性が高い職場」は安心して仕事ができるにしても、上司にとっては、すぐに「セクハラだ」「パワハラだ」と言われてしまい、部下がズケズケと自分の考えを遠慮もなくいう職場で、安心して仕事ができるだろうか、と思う方もいるでしょう。
「セクハラだ」「パワハラだ」と部下から言われた場合、少しでも心当たりがあれば、または相手を不快にさせたことに対して、すぐに謝罪すればよいのです。
謝罪というとおおげさですが、「ごめん」「悪かった」「すまないね」とその場で言うだけです。
その上で、ハラスメントをしたと言われて心外であれば、自分の意図を説明しましょう。
そのように、上司の側も自分の思ったことを気兼ねなく言えるのが「心理的安全性の高い職場」です。
弁明するとかえってこじれるのではないか、と考えてしまい、なにも言えなくなるのが「心理的安全性の低い職場」ですね。
上司の方も、気兼ねなくものが言えることは必要なのですが、このときに「なに言ってるんだ! セクハラ(パワハラ)なんかじゃない!」と、強硬につっぱねたらどうでしょうか。
部下は、二度と上司に思ったことを言わなくなってしまうでしょう。
このような、部下にとって「心理的安全性の低い職場」で、仕事がうまくいくでしょうか。
「心理的安全性」という概念が、A.エドモンドソン教授によって提唱されたのは1999年のことですが、この言葉がよく知られるようになったのは、Google 社が2012年から4年にわたって行った、生産性向上のための調査プロジェクトです。
「生産性の高い職場の特徴」として結論付けられた中に「心理的安全性」が入っていたのです。
上司にとって、部下が自分の指示や指導に対して、平気で言い返してくる状況は、あまり居心地がいいものではないかもしれません。
しかし、「心理的安全性」とは、そもそも、ぬるま湯のような気楽さを表現したものではありません。
互いに、忌憚ない意見を出し合えば、当然衝突することもあるでしょう。
そのようなときに、感情的になって攻撃したり、「優位的な立場」からくる権威で相手の発言をつぶしたりするのではなく、建設的な意見交換ができる、という意味内容も含まれています。
自分が「こうだ」と言えば、部下が「はい」とすぐに従う強いリーダー像は、上司にとっては心地よいものかもしれません。
そうなると衝突も起こりませんが、部下がもっているアイデアや意見が出て来なくなってしまい、閉塞感が漂い、業績にも悪影響という可能性も高いのです。
職場に心理的安全性をつくるためには、上司にはさまざまな努力が求められます。
しかし、ハラスメントが起こりにくくなり、高い生産性が期待できるという、一石二鳥の方法でもあります。
部下がいる人にとっては、考えてみたほうがよい概念ですね。
ハラスメントが起こりにくい、というのは、部下の側だけではなく、上司にとっても大きなメリットです。
「ハラスメントの行為者になるかもしれない」という恐れを感じることなく、部下と話ができるのですから。
心理的安全性の高い職場をつくるための方法を知りたい、という場合は、SRCハラスメント防止センターにご相談ください。
研修や組織開発等の方法をご提案できます。
このコラムは、2022年10月20日配信のメルマガに掲載されたものです。
著者:SRCハラスメント防止コンサルタント 李怜香
社会保険労務士
産業カウンセラー
ハラスメント防止コンサルタント
健康経営エキスパートアドバイザー
略歴
岐阜県生まれ。早稲田大学卒業。
1999年 社会保険労務士登録し、李社会保険労務士事務所(現 メンタルサポートろうむ)開業。
2011年 産業カウンセラー登録。
2012年 ハラスメント防止コンサルタント認定。公益財団法人21世紀職業財団ハラスメント防止客員講師に就任。
2013年~2019年 厚生労働省委託事業 パワハラ対策取組支援セミナーに登壇。
2016年~2017年 厚生労働省委託事業にて女性活躍推進アドバイザーとして活動。
2019年 健康経営エキスパートアドバイザー認定。
2020年 栃木県保健衛生事業団ハラスメント相談事業コンサルタントに就任。
2021年 厚生労働省委託事業 職場におけるハラスメント対策総合支援事業 派遣専門家として活動。
主な業務内容
・労務相談
・研修
・セミナー講師
・ハラスメント外部相談窓口
・ハラスメント事案に関するコンサルティング
・ハラスメント事案のヒアリング調査
当職場においても心理的安全性についての取り組みを行っています。勉強会の中で一人が以前パワハラを受けていたことがあり、これがトラウマとなりものが言いにくい状態があるといわれました。現在はパワハラ上司は他部署にいますが、職場安全の部署にいてインシデント管理をしています。その人はインシデントを書く際にこの元上司が頭に浮かぶといいます。現職場ではないといいますが、この人に限らずこのような思いを抱いている人はいると思いますが、どう対応すればいいのかわかりません。参考意見がありましたら教えていただけると幸いです。
大久保様、コメントありがとうございます。
なかなか悩ましい状況ですね。
ご本人のトラウマについて対応しようとするより、会社としてハラスメントは許さないということを行動として示し、「発言してもだいじょうぶだ」という気持ちになっていただくよりほかないように思います。
すでにやっておられるとは思いますが、社長名でハラスメントを許さないと宣言する、ハラスメント防止研修を行う、コミュニケーション促進策を実行する、もしハラスメント事案が起きてしまったら誠実に対応し、開示できる部分は結果を当事者以外にも開示するというあたりでしょうか。
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